認知症の親の不動産を売却する際の注意点!資産凍結を回避する成年後見制度と家族信託
2026.02.03
親御さんに認知症の疑いがある場合、将来的に実家などの不動産を売却できるのか不安を抱える方は少なくありません。
結論を先にお伝えすると、認知症になった親が所有する不動産は、たとえ親族が代理で取引を行う場合でも売却が認められません。売却するためには「成年後見制度」や「家族信託」を利用し、適切な手順で売却を進める必要があります。
今回は認知症の親御さんが所有する不動産を売却する際に必要な法律の知識と、実際に売却する際の具体的な手順や対策について解説します。
なお、投資用不動産の売却事例については、以下でも詳しく解説しています。あわせてご覧ください。
▼この記事の内容
●認知症の親がした契約行為は無効となるうえ、親族の代理取引も認められないため、所有不動産の売却が困難になる。
●認知症の親の資産凍結を回避するのに有効なのが、成年後見制度と家族信託。
●成年後見制度は、裁判所の裁量が大きい点に注意が必要。
●自由度の高い管理・運用を希望する場合は家族信託を活用するのがおすすめ。
●家族信託を活用すれば、柔軟な資産管理が可能となるうえ、契約内で二次相続まで指定できる。
●信託契約は認知症発症前に締結しなければならないため、早めの検討が不可欠。
▼投資用不動産・収益物件の売却事例
賃貸経営・不動産投資の売却事例・お客様の声
目次
認知症の人は不動産売却ができない
まず知っておく必要があるのは、認知症の人は不動産の売却ができないということです。民法の原則からその理由を見ていきましょう。
不動産売却は法律行為
民法において、法律行為を行うためには本人に「意思能力」と「行為能力」があることが求められるとされています。
意思能力とは、有効に意思表示をする能力のことです。例えば、マンションを購入する・アパートを借りる・自宅を売却するかどうか「判断する」能力が該当します。それに対して行為能力は、自分が決定した意思に対して、「法律的に有効な行為を行う」ことを指します。賃貸借契約や売買契約を自分の判断で締結できるというのが、行為能力があるということです。
一般的には認知症・知的障害・精神障害がある人は制限行為能力者とみなされ、本人の意志による法律行為はできないと定められています。
そして、今回取り上げている不動産の売却も法律行為であり、認知症の人が個人の判断で行うことはできません。つまり、本人が自宅を売却しようとしても、認知症になったあとでは売却自体ができないということになるのです。
認知症の人がした契約は無効
制限行為能力者による法律行為については、民法上で下記のように定められています。
民法第三条の二
法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。
出典:e-Gov 民法
この規定は、2020年4月に施行された改正民法によるもので、意思能力のない人を悪徳商法などから守るためにされました。改正民法の規定においては、意思表示をした時点で意思能力があるかどうか、が判断基準となります。
つまり、認知症の人は「自宅を売却する」という意思表示をして売買契約を締結したとしても、取り消したりできるということです。
家族による代理も認められない
不動産を所有している本人が認知症になったのであれば、家族が代理で売却すればいいのでは?と考える方もいるでしょう。
しかし本人が重度の認知症になった場合、家族であっても代理で不動産を売却することは認められません。本人が認知症で意思能力が欠如しているということは、「家族に代理で不動産を売却してもらう」という判断さえも、法的に有効な意思決定とみなされないためです。
つまり本人が認知症のため施設に入ることになったタイミングで、家族が家を売却して施設利用料に充てようとしても、売却行為自体が認められないということになります。
関連記事については、以下をご参照ください。
終活で考えるべき不動産の整理!自宅と収益物件のケースを徹底解説
相続・収益物件の売却事例については、以下をご参照ください。
認知症の人の不動産売却を可能にする成年後見制度

意思能力のない認知症の人が不動産を売却する手段として、「成年後見制度」という制度を利用する方法があります。
成年後見制度の概略
成年後見制度とは、意思能力が不十分な制限行為能力者のかわりに、成年後見人が法律行為を行う制度のことを言います。
成年後見人が行えるのは、制限行為能力者の財産管理や身上監護です。例えば、振り込みなどの銀行手続きや公共料金の支払い、不動産の管理・処分、遺産分割のほか、病院の入退院手続きや介護関連の支援などが該当します。
また、成年後見人には意思能力のない本人が締結した契約が、不利益を被るものであった場合に、本人に代わって取り消す権利も与えられています。リフォーム工事や自宅の売却などの契約解除、または取り消しをするのも成年後見人の役割です。
法定後見制度と任意後見制度
成年後見制度には、「法定後見制度」と「任意後見制度」という2つの種類があります。
法定後見制度は、認知症になった本人のかわりに、家庭裁判所が成年後見人を選任するというものです。本人の判断能力の程度に応じて、「後見」「保佐」「補助」の3段階が用意されており、裁判所の判断で決定されます。
| 対象となる人 | |
| 後見 | 判断能力が欠けているのが通常の状態の人 |
| 補佐 | 判断能力が著しく不十分な人 |
| 補助 | 判断能力が不十分な人 |
任意後見制度は、本人に意思能力があるうちに任意後見人を選出しておき、将来的に意思能力が不十分になったときに備えておくというものです。
任意後見制度では、成年後見人になる人(任意後見受任者)と、成年後見人が本人から委任される事務の内容を、あらかじめ公正証書により定めておきます。その後本人の意思能力が低下した際に、本人または委任後見受任者から家庭裁判所に「委任後見監督人」の選任を申し立て、選任された委任後見監督人の監督のもと、本人に対する保護や支援を行うことになります。
成年後見人の申し立て手続きの流れ

親が認知症になり成年後見人が必要になった場合、成年後見人選出のための申し立て手続きをする必要があります。ここでは全体の大まかな流れを見ていきましょう。
家庭裁判所に申し立て
最初に行うべきなのは、家庭裁判所への成年後見人選出の申し立てです。
申し立てる権利があるのは、本人・配偶者・四親等内の親族・検察官などで、本人の住民票に記載されている住所地を管轄する家庭裁判所へ申し立てます。
申し立ての際は申立書などの書面や手数料が必要です。詳しくは裁判所のホームページで確認できます。
家庭裁判所へは直接申し立てすることもできますが、自分で手続きするのが不安な場合は、司法書士・弁護士・役所の担当窓口で相談してみてもいいでしょう。
裁判所の調査官による調査
申立書が受理されたら、成年後見人の選出を認めるかどうか判断するための調査を行います。
提出された書類を確認したのち、家庭裁判所の調査官が申立人・本人・後見人候補者との面談を実施し、本人の状況をチェックします。ただし、申し立てがなされた時点で、本人に明らかな意思能力の欠如が見られる場合は、本人との面談がない場合もあります。
面談は基本的には家庭裁判所で行いますが、本人が入院していたり、歩行が困難だったりする場合は、家庭裁判所の調査員が出張して面談を実施します。
精神鑑定

家庭裁判所による調査は、調査員の面談と申立時に提出した診断書をもとに進められます。調査の中で必要と判断された場合は、医師による精神鑑定が行われる場合もありますが、実例としてはあまり多くはありません。
法定後見人の後見・保佐・補助の類型判断は、主に診断書をもとに決定されます。ただし医師による精神鑑定の結果、申立とは異なる類型となるケースもあるため、その際は申立書を訂正して提出しましょう。
審判
提出書類や調査官による面談、医師による診断の結果にもとづいて、家庭裁判所が後見人の選任を行います。その際考慮されるのは、本人の心身状態や生活・財産状況のほか、後見人候補者の職業や、本人との利害関係などです。さまざまな事情を考慮したうえで選任するため、必ずしも申立時に立てた候補者が後見人として選任されるとはかぎりません。
審判書が成年後見人に届いてから2週間以内に、不服の申立てがされない場合、後見開始審判(本人を保護するための手続き)の効力が確定します。
法定後見開始
後見開始審判が確定したのち、家庭裁判所から東京法務局に依頼する形で、審判内容の登記を行います。登記完了後に家庭裁判所から通知される登記番号を用いて、登記事項証明書を取得すれば成年後見業務に着手できるようになります。
登記事項証明書は東京法務局または県庁所在地の法務局に取りに行くか、郵送でも取り寄せることが可能です。
成年後見人による不動産売却の流れ
成年後見人の選任が完了すれば、いよいよ本人に代わって不動産を売却できるようになります。ここでは、認知症の本人に代わって、自宅である居住用不動産を売却する流れを見ていきましょう。
不動産仲介会社に査定を依頼
売却活動を始めるには、まず不動産仲介会社に物件の査定を依頼します。
最初はインターネットの不動産一括査定サイトなどで複数社に簡易的な査定を依頼し、その中から対応が良く高く売却してくれそうな不動産仲介会社に訪問査定(現地調査)をしてもらいましょう。査定金額は不動産会社によって数十万円〜数百万円単位で差が出ることも珍しくないため、最初のうちは必ず複数社に査定してもらうというのが大切なポイントです。
不動産仲介会社を比較する際は、査定金額だけでなく、査定結果の根拠が詳しく書いてあるかどうかや、営業担当者の対応の良し悪しなどもチェックするようにしましょう。
不動産会社の選び方については、以下の記事で詳しく解説しています。
不動産売却はどこがいい? 大手・地域密着の特徴と仲介会社の選び方
不動産売却の見積もりとは? 査定のポイントと注意点を徹底解説!
買主様と不動産売買契約を結ぶ

買主様が見つかったら、買主様と法定後見人との間で売買契約を締結します。
売買契約書は不動産仲介会社が作成しますが、停止条件付の契約としてもらうことを忘れないようにしましょう。この場合の停止条件付契約というのは、「裁判所から売却の許可を得られた場合に効力が発生する」というものです。
成年後見人による自宅の売却は、家庭裁判所からの許可を得る必要があります。停止条件を付けずに契約を締結してしまうと、万が一売却の許可が得られなかった際に大きな損失を生むリスクがあるため、契約時には停止条件を必ずつけましょう。
契約を締結する際に、買主様から手付金も受け取ります。手付金の金額は取引金額の10%程度が目安です。
家庭裁判所へ売却許可の申し立て

売却対象が本人の居住用物件の場合は、家庭裁判所に「居住用不動産処分の許可」の申し立てを行います。
申し立て時には以下の書類が必要です。
・申立書
・不動産の全部事項証明書
・処分する不動産の評価証明書(固定資産税評価証明書など)
・売買契約書の案
・不動産会社が作成した査定書
申立書に記入する内容は、売却代金の使い道や売却の必要性などです。処分対象が居住用不動産であるため、やむを得ない理由で売却するかどうかが判断基準となります。
申し立てか許可が出るまでに3~4週間程度必要とされているため、引き渡し日の調整は確実に行うようにすることが重要です。
決済・引渡し
家庭裁判所からの許可が下りたら、売買契約書で定めた日に残代金の決済と物件の引渡し、所有権移転登記を行います。
決済は、契約締結時に買主様から売主に支払った手付金を売買代金に充当し、売買代金の受領や固定資産税・都市計画税の清算などをする手続きです。決済の完了とともに、売主様から買主様に物件を引渡しと所有権移転登記が行われます。
所有権移転登記を行うのは、買主様または買主様が依頼した司法書士です。登記申請に必要な書類も、物件の鍵とあわせて引渡すのが一般的です。
なお、家庭裁判所への居住用不動産処分の許可申し立てが却下された場合は、締結した売買契約自体も無効になります。
非居住用不動産の場合
売却する物件が収益物件のような非居住用不動産の場合は、家庭裁判所に売却の許可を得る必要はありません。しかし、だからといって成年後見人だけの自由裁量で、物件を処分することはできません。
非居住用不動産であっても、物件の売却には正当な理由が必要です。そのため、事前に家庭裁判所に相談し、売却の必要性や相当性を検討する必要があります。
特に親族が成年後見人の場合、家庭裁判所への事前相談なしに売却を進めると、自分の利益のために不動産を売却しようとしている、とみなされる可能性もあるため注意しましょう。
収益不動産の売却については、当社の過去の記事でも詳しく解説しています。
不動産会社選びのポイントはこちらを参照してください。
収益物件をできるかぎり早く・高く売る秘訣|パートナー選びのポイントは?
出口戦略や売却時期については、以下の2つをご活用ください。
収益物件を高値で売却する秘訣と注意点|出口戦略の立て方も解説!
投資用マンションの売却時期は?出口戦略を見据える高値売却ポイント
また、不動産投資においては減価償却の考え方も理解しておく必要があります。下記の記事も参考にしながら、賢く税金対策を行いましょう。
不動産投資における減価償却とは?節税額の計算方法と注意点を解説!
成年後見制度による不動産売却の注意点
成年後見制度を利用して認知症になった家族の不動産を売却する場合、注意すべきポイントは下記の3つです。
家族が後見人になれないことがある
本人が所有する不動産を売却する際、家族が後見人になれば売買活動やその他の手続きがスムーズに進むと考える方も少なくありません。
しかし家庭裁判所の判断によっては、家族が成年後見人になることが認められない場合もあります。
多くの場合、親族同士で協議したうえで、本人の子どもや孫を後見人の候補にします。本人に直系の親族がいない場合は、甥や姪が候補者になるでしょう。
しかし、最終的に誰を後見人にするかの判断を下すのは家庭裁判所です。調査員による面談の中で、後見人候補者とほかの親族の間に対立があったり、候補者が後見人になることに反対する人がいたりすると、第三者が選任される可能性もあります。
さらに後見人は必ずしも身内から選出されるものではなく、場合によっては弁護士や司法書士といった見ず知らずの専門家が選任されることもあると認識しておきましょう。
自宅の売却には家庭裁判所の許可が必要
前章で解説したとおり、本人の自宅を売却する場合は、手続きするのが後見人であってもかならず家庭裁判所の許可を得なければなりません。
家庭裁判所への申し立てが必要なのは、本人が居住用として所有している不動産で、具体的には下記のいずれかです。
・本人が現在生活の拠点にしている、建物とその敷地
・本人が過去に生活の拠点にしていた、建物とその敷地
つまり申し出時点で本人が病院に入院していても、退院後に戻って自宅として居住する予定のある物件であれば、居住用とみなされることになります。
対象の物件が居住用不動産かどうかは、本人の住民票の住所だけでなく、実際に自宅として使用している(する予定がある)かどうかも判断基準になります。場合によっては、居住用か非居住用かで判断に迷うケースもあるため、明確でない場合は事前に家庭裁判所に相談しておくことが重要と言えます。
専門家が成年後見人になると報酬が発生する
家庭裁判所の判断により、弁護士や司法書士といった専門家が後見人になる場合、報酬の支払いが発生するという点も押さえておく必要があります。
後見人の選任にあたり、本人の親族間に争いがあったり、申し立てのあった候補者が後見人になることに反対する人がいたりした場合、家庭裁判所の判断で弁護士や司法書士などの専門家が後見人になる場合があります。
専門家へ支払う報酬の相場は、1ヶ月あたり2万〜6万円程度。一見するとそこまで高くないと感じるかもしれませんが、この報酬は基本的に本人が死亡するまで発生し続けるため、総額を考えると決して安くはありません。
専門家への報酬は本人の財産から差し引かれるため、申立人やほかの親族が直接負担する必要はありません。しかし将来的に相続される財産が減ってしまうということは、認識しておく必要があるでしょう。
また、不動産を売却すると譲渡所得税(不動産譲渡税)という税金も課せられるため、注意が必要です。詳しくは以下の記事で解説していますので、事前に理解したうえで売却活動を始めましょう。
不動産売却税とは?信頼できるパートナーと考える効果的な節税対策
認知症と生前贈与について
本人が認知症になった場合、不動産を売却するのではなく、親族などに生前贈与することは可能なのでしょうか。
成年後見制度を利用して生前贈与はできない
不動産の売却とは異なり、成年後見制度を利用した生前贈与は認められません。
すでに解説したとおり、成年後見制度は制限行為能力者の財産を保護するための制度です。本人の財産を減らさないことが成年後見人の役目であり、不動産の売却も財産の保護を実現するために許可されるものです。
一方、生前贈与は財産を処分する行為に該当します。本人の財産を減らす行為にあたるため、成年後見制度の目的に反すると言えます。
たしかに成年後見人は、意思能力の欠如した本人に代わって法的手続きを行える立場にあります。しかし生前贈与が本人の財産を減少させる行為である以上、例え家庭裁判所に選任された後見人であっても、本人に代わって生前贈与を行うことはできません。
認知症の進行度合いによっては可能なケースも
成年後見制度を利用しての生前贈与は認められませんが、本人の認知症の進行度合いによっては生前贈与自体は可能と判断されるケースもあります。
認知症がまだ軽度であると考えられる場合、医師の診断を受け、本人に意思能力があるかどうか判断してもらいます。まだ意思能力がある段階であれば、医師から診断書を出してもらうことで生前贈与の手続きを行えます。
診断書には、本人に意思能力(財産処分能力)があることを記載してもらいましょう。
診断書を取得してから期間が空いてしまうと、その間に認知症が進む可能性もあります。速やかに生前贈与の手続きを始めることが重要です。
生前贈与をすべきかどうか判断に迷った場合は、下記の記事もあわせてご活用ください。
不動産を生前贈与したほうがいいケースとメリット・デメリットを解説
贈与契約書を作成する

生前贈与を行う場合は、贈与契約書を作成することも重要なポイントです。
民法の原則としては、贈与する人とされる人の双方による口頭の合意があれば、契約は有効なものとされています。しかし、認知症発症後の生前贈与を口頭のみで行うと、のちにトラブルに発展する可能性も否定できません。
そのため、例え初期の認知症の場合でも、贈与契約書は必ず作成しましょう。贈与契約書に記載する事項は以下のとおりです。
・贈与者の氏名、住所、押印
・受贈者の氏名、住所、押印
・贈与契約締結の日、贈与実行の日
・贈与財産の種目、内容、金額等
・贈与の方法
贈与契約書はインターネット上でひな形を取得し、自分でで作成することもできます。しかし、必要な情報を網羅した贈与契約書をつくることは容易ではありません。
そのため、まずは相続に詳しい弁護士や司法書士などの専門家に相談することをおすすめします。
なお、相続について詳しく知りたい方は、こちらの記事もあわせてご確認ください。
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家族信託で不動産売却に対応する方法

認知症リスク対策として、近年注目を集めているのが「家族信託」です。生前贈与に比べてコストを抑えられるうえ、成年後見制度と比較して自由度が高い点が特徴で、上手に活用すれば柔軟な資産管理が可能になります。
家族信託の仕組み
財産の所有権は、大きく財産を管理・運用する権利である「管理権」と、その財産から収益を得る「受益権」の2つに分けられます。不動産であれば、物件を修繕したり、建て替えや売却を決めたりする権利が管理権、物件からの家賃収入や売却益を得る権利が受益権です。
家族信託(民事信託)は、所有者が委託者となって財産の管理権を受託者に託し、受益権は受託者とは別の受益者に付与するという仕組み。子どもを受託者にして、親は委託者兼受益者として、引き続き財産から生まれる収益を受け取るというのが一般的な形式です。
これにより、もし所有者が認知症になって判断能力が低下したとしても、信託契約にもとづいて管理・売却を行うことができ、財産を有効に運用できます。
信託とは
そもそも信託とはどのようなものなのでしょうか。一言でいえば、財産を所有者の信頼できる人物に託し、定めた目的のために管理・運用してもらう仕組みのことです。上で紹介したように、管理権を第三者へ信託する「委託者」、信託財産を管理・運用する「受託者」、受益権を有する「受益者」の3者によって信託は成り立っています。このとき、受益者が受託者から利益を受け取る権利のことを「信託受益権」と呼びます。
信託の中でも広く普及しているのが、信託銀行による信託業務です。信託銀行は、個人や法人から預かった財産を運用・管理する役割を果たしています。
委託者と受益者はそれぞれ別に設定することもできますが、家族信託のように「委託者=受益者」として、管理・運用のみを受託者に任せるといった使い方も可能です。信頼できる受託者に管理・運用を任せることで、委託者本人が自ら管理・運用するよりも、安全かつ安定的に収益を得られる可能性があります。
信託は法律で認められた制度であり、契約内容によって柔軟に管理方法を設定できるのが魅力です。
家族を受託者として財産管理を委託する

家族信託は、委託者である親が、子どもなどの信頼できる家族を受託者として選任し、不動産の管理・運用や預貯金の管理などを託すことができるという制度です。通常の信託と同様、管理権を任せる目的は委託者が自由に設定できます。例えば「老後の生活資金を確保したい」「将来介護が必要になったときのために資金を運用してほしい」など、自分の生活の安定を目的として、家族信託を利用することも可能です。
家族信託にあたっては、委託者と受託者の間で信託契約を結びます。受託者は契約にしたがって財産を守るとともに、必要に応じて運用や売却を行う役割を担うのです。
親の認知症が悪化すると、銀行口座が凍結されたり、意思決定が必要な法律行為ができなくなったりして、子どもの手間や経済負担が重くなるケースも少なくありません。家族信託を利用すれば、もし親の判断能力が低下したとしても、受託者である子どもの判断で財産の切り崩しや処分ができるようになるため、介護費用などの経済負担を軽くできます。
信託契約は認知症発症前に結ぶ
家族信託を活用するうえで知っておかなければならないのが、委託者である親と受託者である子どもとの間の信託契約は、親に十分な判断能力があるうちに締結しなければならないということです。親の認知症が進行し、すでに判断能力を失っていると見なされた場合、そもそも契約行為ができないため、信託契約も締結できません。
認知症が進行してしまうと、家族信託に限らず、契約が絡む対策は一切取れなくなってしまいます。いわば八方塞がりのような状態になり、誰も財産に手を付けられない「デッドロック」状態になりかねません。
そのため、家族信託を利用したいのであれば、親が元気なうちに、早めに検討をスタートすることが重要です。
家族信託のメリット
認知症対策としては、先述の成年後見制度の活用が知られていますが、家族信託には成年後見制度にはない柔軟性と自由度があります。家族信託を活用すると、具体的にどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
認知症発症後も資産凍結を回避できる

家族信託が注目を集めている理由として、先ほど紹介したデッドロックを回避できる点が挙げられます。
デッドロックとは、認知症で本人の判断能力が低下した結果、一切の法的行為ができなくなり、不動産などの財産の売却・建て替え・管理・賃貸などあらゆる手段が講じられない状態のこと。こうなると、残された財産は凍結されてしまい、塩漬け状態で放置せざるを得なくなります。
事前に家族信託を設定していれば、委託者の判断能力が低下したとしても、受託者である子どもが、契約内容にしたがって管理・運用・処分することができます。財産から得られた運用益や売却益は、委託者の介護費用などに充てられるため、受託者の経済的な負担を和らげることにつながるでしょう。
成年後見制度よりも柔軟な資産管理が可能になる
先にお伝えしたとおり、認知症対策としては従来、成年後見制度が広く用いられてきました。しかし、成年後見制度は本人の財産保全を目的としているため、後見人が自由に財産を売却したり処分したりできるわけではありません。裁判所の監督が強いため、管理の内容はかなり制限されると考えてよいでしょう。
これに対し、家族信託は委託者と受託者間の契約で、目的や管理方法などを細かく定めることができます。
例えば、委託者である親の介護費用を捻出する目的で、収益物件について家族信託を活用するケースを考えてみましょう。通常、親が認知症になってしまうと、収益物件の賃貸物件を新たに契約することは難しくなります。しかし、家族信託を結んでいれば、親が認知症になった後も、管理権を受託した子どもの判断で新たな賃貸借契約を締結できるでしょう。
このような柔軟で現実的な運用ができる点は、家族信託の大きなメリットです。
遺言の機能も兼ね備えている
家族信託は、遺言機能も兼ね備えています。具体的には、信託契約の中で「誰に財産権を託すか」をあらかじめ定めておくことができるのです。信託契約の内容は法的に有効なため、実質的に遺言と同じ効果を発揮します。
さらに、家族信託が優れているのは、契約において直近の後継者のみならず、その次の後継者(2次相続)まで指定できる点です。これは遺言書にもない特徴であり、家族信託ならではの魅力といえます。
なお、財産権だけでなく受益者を誰に相続させるかも、信託契約の中で取り決められます。相続発生時、認知症の配偶者が残されたような場合であっても、収益物件の管理・運用は子どもが行い、家賃収入は配偶者の手元に入るといった仕組みを整えることも可能です。
家族信託のデメリット
資産凍結の回避や資産管理の自由度の高さなど、家族信託には数多くのメリットがある反面、注意しなければならないデメリットもあります。活用を検討するにあたっては、以下で紹介するポイントも十分認識したうえで、使うかどうかを適切に判断しましょう。
受託者の負担が大きい
家族信託の仕組みを見れば明らかなとおり、信託が円滑に回るかどうかは、財産の管理・運用を担う受託者の存在にかかっています。信託財産について適切に管理・運用することが求められるのはもちろん、財産に関わる収支を細かく記録した帳簿も作成しなければならないなど、受託者の負担は決して小さくありません。
おまけに、収益物件を目的に家族信託を利用する場合、建物の管理責任も受託者が負います。物件が老朽化により損壊して、周囲の建物や通行人などに損害を与えてしまった場合、損害賠償責任を負うおそれもあるのです。
こうした負担やリスクの大きさから、受託者になる家族が現れない事態も考えられます。受ける家族が誰もいなければ、家族信託は当然成り立ちません。
家族信託できない財産がある
家族信託には、信託できる財産とできない財産があります。信託できる財産は、主に次のようなものです。
<家族信託できる財産の例>
・現金
・不動産
・有価証券(株式など)
・自動車などの動産
・知的財産権
一方、以下に挙げる財産は、原則家族信託はできないと考えましょう。
<家族信託できない財産の例>
・年金受給権(年金や生活保護の受給権は他人に譲渡できない)
・生命保険(保険会社からの承諾を得るのが困難)
・農地(信託するには、転用や売却などの手続きが必要)
・ローンなどのマイナス資産(財産的価値がないものは家族信託の対象にできない)
不動産は基本的に家族信託が可能ですが、共有名義の場合には、調整が必要になります。
制度上、共有不動産全体でも共有持分の一部のみでも家族信託は可能です。しかし、「受託者を誰にするのか」「信託契約の終了後に物件の扱いをどうするのか」など、共有者間でトラブルになる可能性も秘めています。共有者の中で信託契約に反対する方が現れた場合、現実的に信託が難しくなるケースもあるでしょう。
遺留分の侵害には注意が必要

家族信託でもう一つ気をつけなければならないのが、家族信託は遺留分を完全に排除できる制度ではないという点です。
遺留分とは、配偶者、子ども、直系尊属(親、祖父母など)に認められる、法定相続人が受け取れる最低限の相続分のことをいいます。仮に、相続財産を法定相続人以外にすべて相続したとしても、対象者が遺留分を請求した場合(遺留分侵害額請求)、請求が認められれば、財産の受取人は法定相続人に対して、侵害額相当の金銭を支払わなければなりません。
家族信託による受益権は、被相続人が実際に所有する財産ではないものの、実体は受益者の財産となることから「みなし相続財産」として扱われます。そのため、相続発生時には遺留分の対象となるという見方があるのです。
信託契約の内容によっては遺留分の侵害にあたるおそれもあるため、専門家の助言を受けつつ、ほかの相続人との調整も行いながら慎重に検討を進めましょう。
家族信託の手続きの流れ
家族信託は、通常次のような流れで進めていきます。
家族信託の内容を話し合う
まずは、家族の間で財産の管理方法や管理・運用の目的について話し合い、信託の方向性を決めることが大切です。家族で決めておきたい事柄としては、次のような項目が挙げられます。
・家族信託を行う目的
・家族信託の対象となる財産
・受託者とその権限
・家族信託終了時の財産の取り扱い など
特に「受託者を誰にし、その人物にどこまで権限を認めるか」「どの財産を信託対象にするか」の2つは、家族信託の根幹に関わる重要なポイントなので、家族全員が納得できるよう十分話し合いましょう。
話し合いの段階で、家族信託の経験が豊富な専門家に依頼し、アドバイスを受けながら検討を進めるのがおすすめです。
家族信託契約書を作成する

家族の話し合いで内容がまとまったら、信託契約書を作成していきます。契約書には、家族間で取り決めた信託の目的、委託者・受託者・受益者、信託対象となる財産、財産の管理・運用方法、信託期間などを記載するのが基本です。
たとえ家族全員で話し合った結果であっても、いざ契約書にまとめると、ニュアンスの違いなどから後にトラブルへ発展するおそれもあります。契約書の文面は、必ず専門家のチェックやアドバイスを受けながら作成しましょう。
最終的な信託契約書は公正証書で作成します。公正証書の作成を専門家に依頼する場合、10〜15万円程度かかります。また、公正証書作成手数料として、公証人へ数万円を支払う必要もあるので要注意です。
「信託口口座」を開設する
家族信託における信託財産を管理するには、受託者名義の「信託口口座」を新たに開設する必要があります。信託財産を信託口口座で管理することで、委託者や受託者の個人財産と切り離して取り扱えるようになります。これにより、仮に委託者や受託者が破産したとしても、独立した財産として信託財産を差し押さえなどから守ることができるのです。(倒産隔離機能)
信託口口座を開設するにあたっては、事前審査や手数料などが設定されている場合があります。また、多くの金融機関で「信託契約書を公正証書で作成すること」が条件とされています。
信託口口座の開設条件は金融機関によって異なるため、事前に確認しておきましょう。
不動産は信託登記を行う
不動産を家族信託する場合、委託者から受託者へ名義を変更する「信託登記」を行います。これも信託財産が独立した財産であることを明らかにするための手続きで、登記することにより、その物件が信託財産だと公的に証明できるようになります。
家族信託契約の開始時には、信託登記だけでなく、受託者への所有権移転登記もあわせて行わなければなりません。委託者・受託者が共同で申請し、信託登記については登録免許税がかかります。
登記が完了すると、契約にもとづき、受託者が不動産を管理・運用したり売却したりできる状態となります。
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まとめ 信頼できる不動産会社に相談を

認知症は、進行するにつれて本人の意思能力が段々となくなっていくため、不動産の売却や贈与といった処分行為の手続きが複雑になっていきます。裏を返せば、認知症が軽度の段階であれば、さまざまな対策を講じられるということを意味します。
認知症の人が所有する不動産を売却するためには、不動産だけでなく、法律や認知症などさまざまな専門知識が必要になります。そのため、認知症の親などが身近にいる場合は、可能なかぎり早い段階で信頼できるプロに相談しましょう。
【リロの不動産】は、認知症対策に精通する専門家が多く在籍し、不動産売却のネットワークも充実しているのが特徴です。
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この記事を書いた人
秋山領祐(編集長)
秋山領祐(編集長)
【生年月日】昭和55年10月28日。
【出身地】長野県上田市。
【趣味】子供を見守ること。料理。キャンプ。神社仏閣。
【担当・経験】
デジタルマーケティングとリブランディングを担当。
分譲地開発のPMや家業の土地活用などの経験を持つ。
リノベした自宅の縁の下に子ども達の夢が描かれている。
